元KGBの大物がソ連「国家的UFO研究」の実態を暴露! 驚きの調査・報告体制と極秘情報とは/宇佐和通
元KGBの超大物に対して行われた極秘インタビュー記録が存在することを掴んだ英国人UFO研究家。かつてソ連が極秘裏に行っていた超常現象研究、その知られざる実態とは――!?
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秋田県に鹿島様が残ったのは、ある超人のおかげだった? そしてタニシが秋田で耳にした、見たら死ぬヤバい酒とは?
前回はこちら https://web-mu.hssvr.com/column/18976/
秋田県南部に伝わる魔除けの巨大人形「鹿島様」を追いかける今回の超人化計画。
たくさんの鹿島様を見て回ったが、せっかくご当地にきたのだしと、湯沢市雄勝の生涯学習センターを訪ねてみた。
ここで鹿島様に詳しいという郷土史家のかたを紹介してもらい話を聞くことができたのだが、鹿島様の伝承を語るうえでとても重要な人物のことを教えてもらった。

それがこの人、高橋正作。
正作さんは江戸時代後期に当地の村長(肝煎)をつとめた人で、ちょうど彼が役についている時期に村を襲った災害が、その名を後世に残すきっかけになる。
災害とは、江戸時代を通しても最悪級の被害をもたらした飢饉、天保の大飢饉だ。天保4年(1833)から数年間続いた大凶作によって引き起こされたこの飢饉は日本全国にたいへんな被害をもたらしたが、とくに北国である東北地方への冷害の影響は甚大で、餓死、病死者をあわせた数は仙台藩だけでも数万とも、数十万ともいわれている。

そんななか、冷害から飢饉の到来を予測した正作さんは高橋家の田畑や家財をすべて換金してコメをかき集めていた。そのおかげで、正作さんの治める地域では500人近い村人からひとりの餓死者を出すこともなかった。
また労働人口が激減したため人手不足に陥っていた院内銀山の助力にも力を尽くし、結果正作さんのおかげで村どころか秋田全体が救われるほどの功績を残したのだ。
この正作さんの功績が、鹿島様にも影響している。
なぜなら、いま鹿島様が残っている地域は、天保の大飢饉を乗り越え、鹿島様の伝統を後世に伝えられた場所ということになるからだ。逆にいうと、飢饉で村が絶えてしまった場所は、同時に鹿島様の伝統も途絶えてしまい、結果現在も鹿島様がない。
雄勝近辺に現在でも鹿島様がたくさん残っているのは、正作さんの飢饉対策で村が生き残れたおかげなのだ。地元では正作さんにあやかってこどもに「正作」の名前をつけることが流行し、今の世代のひいおじいさんくらいの男性には正作さんがすごく多かったそうだ。我が身を削って飢饉を乗り切り、鹿島様の文化も守った男。高橋正作さん、秋田の超人だ。

さて、話は変わって、せっかく秋田まできたので秋田県立博物館を見学。とにかく広大な展示スペースが特別展以外無料で見られる博物館なのだが、ここで民俗学担当の学芸員の先生に話を聞いていると、「秋田の猿酒」というすごいヤバいネタを教えてくれた。

先生が教えてくれた秋田の猿酒、概要はこう。
秋田には、猿酒というものがある。酒の入った甕のなかに、猿を入れて三年間漬け込む。正確には猿の内臓と背中の肉を使うのだが、これが三年漬けて熟成されると、滋養強壮の薬になる。
中身が減ったら塩を入れて補充する。そうして継ぎ足し継ぎ足しで作り続け、なんとこの秘薬が現代まで伝わっている可能性がある。
猿酒にはさらに不気味な話が伝えられている。
ある寺の住職が猿酒に興味を持ち、甕の持ち主であるあるじに頼み、蓋をはずして中身をみせてもらった。すると、この住職は半年後に死んでしまった。
その寺は息子が新住職となって継いだのだが、新住職がなぜかまたあるじのところにやってきて、猿酒をみせてくれという。親父はこれを見て死んだというが、そんなわけないということを証明したい、俺も見ていいか、と尋ねられ、あるじは前住職とおなじように中身をみせる。
すると、やっぱり新住職も死んでしまった。

見たら死ぬ酒、ヤバすぎる……。これが江戸時代の話で、それからはるかに時代がくだって戦前の頃、秋田県の地方新聞が猿酒の当時の持ち主について報じたことがあった。
その当時、だから今から80年ほど前にはまだ猿酒は残っていて、その甕のサイズは江戸時代に描かれたものとまったく一緒だったという。もしもその人が、あるいは子孫の人が継ぎ足していたとしたら、猿酒は今もどこかに残されていることになる。
もう薬どころか人ふたり殺めた呪物になってしまっている猿酒、存在していたらヤバすぎるが、このヤバい酒の情報を最初に残した人物は、菅江真澄という。

菅江真澄は江戸時代中〜後期の本草学者で、とにかく旅をした人物として知られる。下はタニシが恐山にいったときバス停で撮影したポスターだが、これも菅江真澄について書かれたもの。真澄は青森をこえて北海道まで足をのばし、東北各地を歩きに歩いていて、最後は秋田で生涯を終えている。

じつは江戸のまちに最初にナマハゲの風習を伝えたのは菅江真澄で、アイヌの生活を見聞してその習慣やイヨマンテなどの精神文化を伝えたのも真澄。恐山についての記録も残しているが、そこにはイタコの記述がなく、それによって真澄の時代にはイタコはいなかったことを証明するという貴重な資料にもなっているのだ。


秋田県立博物館には菅江真澄の研究センターもあるのだが、あまりにも残した書籍が多いため研究はまだまだ終わっていないという。この人も、確実に超人といっていいだろう。
松原タニシ
心理的瑕疵のある物件に住み、その生活をレポートする“事故物件住みます芸人”。死と生活が隣接しつづけることで死生観がバグっている。著書『恐い間取り』『恐い旅』『死る旅』で累計33万部突破している。
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