ジェルサレムズ・ロットへの招待――ドラマ『チャペルウェイト 呪われた系譜』に潜むラヴクラフトの影/森瀬繚
スターチャンネルで配信&放送のドラマ『チャペルウェイト 呪われた系譜』。スティーヴン・キングの「呪われた村〈ジェルサレムズ・ロット〉」に基づくゴシック・ホラー作品だ。キング原作の『死霊伝説』シリーズと
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文=大槻ケンヂ イラスト=チビル松村

webムーの連載コラムが本誌に登場! 医者から「オカルトという病」を宣告され、無事に社会復帰した男・大槻ケンヂの奇妙な日常を語ります。
40年も昔の話だが僕の高校生活は暗かった。校外ではバンドを組みライブなどを行っていたが、高校では趣味の合う友人を作ることができず、教室でいつもぽつんとひとりでいた。ボーっとするか、それこそ「ムー」を読んでやり過ごした。オカルト好きも校内にはいなかった。自称霊感少年とかエスパーのひとりもいたなら友だちになれたかもしれなかったがいなかった。
あ……でもひとり「俺、長州力になら勝てる」といっていたやつがいた。思い出した。〝オッタク〞というアダ名の同級生があるとき「大槻、プロレス好きだよな」と話しかけてきて「俺、長州力になら勝てるんだ」といい出したのだ。
「え? 長州力に?」「ああ楽勝だ」「でも長州力だぜ? 強いよ」「長州のリキラリアットって技、腕をL字形にして突進してくるだろ? そのとき俺が真っすぐ腕を前に出せば俺の拳はラリアットより先に長州の顔面をヒットする。長州はたまらず失神、俺は勝つ」
真顔で必勝法を語るオッタクを見て、「ああダメだ。俺の高校生活はろくなもんじゃない。もう諦めて、家で『ムー』の総力特集を読もう、そうするしかない」と絶望感に捉われて自主早退してチャリで学校を抜け出したりした。
学校へは自転車で通っていた。新設校で1年生のときはまだ校舎が完成していなかったため、練馬のはずれにある他校の間借り校舎までチャリをころがした。これがけっこうな距離だ。都内とはいえ高架の下などは人気のない道が続くこともあり、これから友人の少ない淋しい学校へ行く身としては、さらに憂鬱な気持ちとなる長い道のりなのであった。来る日も来る日もその道を往復していたのだが、あるとき、僕はその途中で異様な爆音を聞いた。
「ゔゔうゔお゛お゛お゛お゛っっ!!」
身の丈15メートルの未知の生物による咆哮。と僕は感じた。人気の無い高架下の道の向こう側から音は突如として爆発するように発生し、実際に僕は強力な音の圧によって乗っていた自転車から放り出されてしまったほどだ。転がったママチャリの横で尻餅をついて「なんだ? なんだ??」と震え上がった。それほど大きな咆えるような声だったのだ。
「え? ラ、ライオン? 練馬に?」
でなければキングコングなんじゃないか? と真面目に思った。
道の向こうは茂みのようになっていた。咆哮のような音はその奥から聞こえたようだった。よく怪獣映画で密林の奥から巨大モンスターの声だけ聞こえてくるという描写がある。まったくもってあんな感じだったのだ。その声はもう一度聞こえた。「ゔゔゔお゛お゛お゛お゛ぅ!!」とでも書いたらいいか、とにかく巨大な、魔獣とでも呼ぶべき存在を想像させる叫び声だ。恐ろしくてたまらなかった。僕は「逃げよう!」とチャリを拾い上げサドルに跨ってペダルに足を乗せて踏み込んだ。するとまさにそのときであった。
「ああっ、ペダルが取れたーっ(泣)」
当時僕はときどきペダルが取れてしまうボロ自転車に乗っていた。踏み込むとスカーン! とペダルが落っこちて外れるのだ。ペダルのない自転車というのはもう1948年にベルギーで描かれた自分の足で地を蹴って前に進む乗り物の「ドライジーネ」みたいな感じでいかんともしがたい。今にも道の向こうから飛び出してくる大魔獣に頭から喰われるんじゃないかという恐怖にかられながら両足で地面をペタッ、ペタッ、と蹴っ飛ばしてなんとかその場から半泣きで逃げた。泣き虫ペダル無しである。
しかし今思うんだが、アレ自転車捨てて走って逃げた方が絶対早かったよな〜。
あの〝練馬の咆哮〞は、いったいなんだったのだろう?
現在でもよく考える。おそらくは牛か豚の鳴き声だったのだろうと思う。昭和の練馬あたりには牛や豚を所有しているところもまだあった。僕の住んでいたのは中野区で、練馬区とは隣接していたけれど、中野で牛や豚を所有しているというところはあまりなかったと思うので、それらの声を聞くという経験がなかった。だから練馬で牛や豚の声を突然聞いたとき、驚いて過剰な反応をしてしまったのではないか、とも考えられるのだ。
しかし、それにしても、あの咆哮は巨大過ぎた。なんというか、あたりの空気が激しく震動して、体ごと吹き飛ぶ異様な圧があった。
そこで、もうひとつ僕は咆哮の正体を推理する。この第2の推理をいうと、だれもに「んなことあるか!」一笑に付されるのだけれど、思うにあの咆哮は、僕自身の〝内なる悲鳴〞であったのではないだろうか?
当時の僕は学校生活が上手くいかないことや、友人のできない劣等感、そして思春期真っ最中ということもあって、ノイローゼのような憂鬱の状態にあった。ま、多かれ少なかれ青春時代ってみんなそんなものだと思ますけどね。僕の場合も相当こじらせていた。何をやってもうまくいかない自分を憎み、それを周りのせいにして、この世なんてみんな燃えてしまえばいい、人間なんて全員すぐスポンティアニス・ヒューマン・コンバッションで燃えて灰になっちまえ! と高校生になっても、厨二病真っ盛りであったのだ。
強い負の感情が、ときに視覚や聴覚を刺激することはあると思う。高校1年生のあのころ、僕の中で飽和状態となった負の感情が自分の中で発作的についに通学途中に大爆発し、それを聴覚が大魔獣の咆哮として捉えた……という、心理的ストレスによる幻聴説だ。そんなこともあるだろうと、その後大人になるにつれて思うようになったのだけれど……やっぱちょっと、ないかなぁ。どう?
妖怪の仕業だった、という第3の説を考えることもできる。身の周りに起こった正体のよくわからない現象を〝妖怪〞として、現象に名前をつけ形として捉え「妖怪のせいじゃ仕方ない」とひとまず安心するという不安の整理の仕方が古くから各地で行われてきた。和歌山県には大声を発する一本足の妖怪「オメキ」がいたという。村人が鉄砲を撃つとオメキは「お前の声は大きいなぁ」といって退散したそうな。
また熊本県には突然大声で人を驚かす妖怪「うわん」がいたらしい。高校の通学路で僕を驚かせた謎の大声を妖怪として青春の思い出の中で整理を試みるならその名称は〝妖怪練馬オメキ〞か〝チャリンコうわん〞か。
UMAと考えることもできるし、もしかしたら「ヨハネの黙示録」のラッパが聞こえたのかもわからない。今でもその正体を決定づけることができない、青春時代の大魔獣の咆哮なのだ。
いつか、何十年ぶりに、自転車に乗ってあの通学路をまた走ってみよう、と思って、間借り校のことをスマホで検索してみたら、20年前に閉校していた。そんなに時がたったのか。オッタク君はその後、雑誌の編集者になったらしい。長州力とは闘わなかったようだ。あのころ教室の片隅で「ムー」を読んでいた僕は、今「ムー」の片隅に原稿を書いている。

(月刊ムー2024年8月号より)
大槻ケンヂ
1966年生まれ。ロックミュージシャン、筋肉少女帯、特撮、オケミスなどで活動。超常現象ビリーバーの沼からエンタメ派に這い上がり、UFOを愛した過去を抱く。
筋肉少女帯最新アルバム『君だけが憶えている映画』特撮ライブBlu-ray「TOKUSATSUリベンジャーズ」発売中。
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