古代房総を支配した土蜘蛛の王の痕跡を追う!君津の6本腕英雄「アクル王」
ムー編集部に寄せられた、とある情報。それは、かつて東国を治めたという異形の古代王に関するものだった。現地取材で明らかになるその姿とは?
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フリーメイソンのメンバーであったものの、ある時点から反フリーメイソン活動家となった男が誘拐された事件の驚くべき影響とは?
一般的なアメリカ国民にとって、それまではヴェールに包まれていた中世にさかのぼる謎の秘密結社「フリーメイソン」の存在を意識させ、少なくない人々に反感を抱かせた結果、「反メイソン党」の結成を導くきっかけとなった事件がある。元メンバーでありながら反メイソンに転向した、ウィリアム・モーガンの奇妙な失踪事件だ――。
1774年にバージニア州カルペパーで生まれたウィリアム・モーガン(1774~1826)は、同州リッチモンドで独立するまではレンガ職人や石材工として働き、一見平凡な人生を送っていたかのように見えた。しかし、最終的に彼は謎の失踪を遂げ、アメリカ国民に反メイソン感情の波を引き起こし、歴史の流れを変える事態を引き起こした。すべてはフリーメイソンと彼の関係がもたらした結果であった。
モーガンは若い頃から石工として勤勉に働き、途中で軍役に就いて独立戦争に参加し(自己申告であり記録を辿ることはできないようだ)、独立してからは45歳で結婚、カナダ・トロントに移住して酒の醸造所を運営するまで、まずます順調な人生を送っていた。しかし、不運なことにほどなくしてこの醸造所を火災で失ってしまう。
失意のうちに終わりを告げたカナダでの生活であったが、このカナダ時代にモーガンはフリーメイソンに入会したといわれている。
夢破れ、家族を連れてニューヨークに戻ったモーガンだったが、彼は再び石工として働きはじめると共に、フリーメイソンのニューヨークの拠点の一つであるバタビア・ロッジに通うようになった。
しかし、このニューヨークのロッジでいくつかの不和と対立が起きたようだ。メンバーの中にモーガンの階級(マスターメイソン)を疑問視する声があったようで、いくつかの活動への参加を拒否されたという。
これに腹を立てたモーガンは、いくつかのプロセスを経て最終的に組織に反旗を翻すことになった。
1826年、モーガンは地元新聞社のデヴィッド・ミラーの協力を得て、フリーメーソンの内実を明るみにする暴露本の出版を計画したのである。そして、本の完成に先立って新聞に広告を売ち、世に知らしめたのだ。
バタビア・ロッジは造反したモーガンを許さず徹底的に妨害、介入した。ロッジはモーガンを非難する広告を掲載し、ミラーの新聞社や印刷所への放火未遂事件さえ起きたのである。
そして、暴露本の出版が迫っていた1826年9月11日、モーガンはローンの不払いとシャツとネクタイを盗んだ容疑で逮捕された。しかも、保釈金の支払いが完了するまで拘留されたため、本の発売の延期を余儀なくされたのだ。
ようやく釈放されたモーガンだったが、すぐに今度は居酒屋の代金2ドルを払わず強引にツケにしたとして再び起訴され、さらに身元不明の男たちによって彼は馬車に乗せられてナイアガラ砦へと連行されたのだった。そしてこの後、モーガンの消息は不明となった。
この後のウィリアム・モーガンの運命は、依然として推測と憶測の域を出ていない。最も広く受け入れられている理論は、モーガンはナイアガラ砦からボートでナイアガラ川中流まで連れて行かれて川に放り込まれ、おそらく溺死したという説である。
また、モーガンがカナダなどの国外で目撃されたという証言や報告もあるが、そのどれも裏付けはとられていない。
1827年10月、オンタリオ湖の湖畔でひどく腐乱した死体が発見された。すぐにモーガンではないかという憶測が広まり、彼の妻も夫であることを認めたため、遺体はモーガンの名前で埋葬された。
しかしその直後、行方不明になったカナダ人のティモシー・モンローの妻が、遺体の服装と夫が失踪時に着ていた服装がまったく同じであることを主張したのだ。
DNA鑑定などもなかったこの時代、どちらの遺体であるのかを特定する術もなく、形式上はモーガンの遺体ということで処理された。
しかし、このモーガン失踪事件が世の中に与えた余波は大きかった。反メイソン感情が全米を席巻し、反メイソン党の創設とニューヨークのフリーメイソンの崩壊を招いたのだ。また、その後も厳密な捜査が行われた結果、誘拐と陰謀に関与した数人のメイソンのメンバーが有罪判決を受け、投獄されたのである。
フリーメイソンへの反感はこれにとどまらず、少なくない一般国民はフリーメイソンはエリート主義者の集団であり排他的な組織であり民主主義の基本的な原則に相容れないと考えるようになった。真のアメリカ人は結束してこの陰謀を打ち破らねばならないとの主張から、1828年にニューヨーク州北部で「反メイソン党(Anti-Masonic Party)」が結党されるにまでにエスカレートしたのだ。
反メイソン運動を盛り上げるきっかけを作ったのはこのモーガン失踪事件であったが、「反メイソン」の旗の下で、当時の政治状況に不満を抱く有能な“反乱分子”を集結させた側面もあった。
1832年に反メイソン党が元メイソンのウィリアム・ワートを大統領候補に選んだという事実は、フリーメイソンに対する反対だけが決してその政策の中心命題ではなかったことを示しているといえる。
そして、ワートの選挙戦敗北を境に反メイソン党の活動と影響力が急激に減衰し、1836年までにほとんどの党員がホイッグ党に合流、後に吸収されて消滅した。
このような顛末に鑑みれば、「反メイソン」の機運の中で、有能だが現政権に不満を持つ危険な“反乱分子”をあぶり出して集結させ、その後に一網打尽にして葬り去ったのだとすれば、これもまたフリーメイソンの陰謀であったのかもしれない。
いずれにしてもウィリアム・モーガンの物語は今なお謎に包まれており、2世紀にもわたって歴史家や陰謀論者の興味をそそる“古くて新しい”歴史的イベントであることは間違いない。
仲田しんじ
場末の酒場の片隅を好む都会の孤独な思索者でフリーライター。興味本位で考察と執筆の範囲を拡大中。
ツイッター https://twitter.com/nakata66shinji
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