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日本全国のただならぬ神仏像を探索する「神仏探偵」の新刊『怪仏異神ミステリー』より、とっておきの神仏像とその謎を解くリポートを特別に公開!
覆面観音(千葉県南房総市・真野寺)
「覆面千手観世音菩薩」。
まずは、その名前につまずいてしまった。
覆面をした観音菩薩――。どんな覆面姿の観音像なのか。どうしてそんなものが存在するのか。なぜ覆面でなくてはならなかったのか。
JR内房線「館山」からクルマで約10分。かつて丸山町と呼ばれていた南房総の地に、高倉山真野寺がある。近隣では「真野の大黒さん」で知られ、慈覚大師円仁が彫り上げたという巨大な大黒天像が篤く信仰されている。そちらも興味深いが、今回の取材は何より秘仏の観音像である。
本尊を奉安する厨子は、通常は丑年と午年のご開帳のときのみ開扉される(取材当時/現在は毎年11月23日に開帳)。特別に許可をいただき、檀家総代の立ち会いのもとでのご開帳である。
厨子を取り囲むように居並ぶ眷属の二十八部衆に目移りしながらも、ぎしぎしと音を立てて開かれる扉の奥を仰視する。いかにも古仏といったたたずまいの素木の像(クスの一木造)があらわれた。
その面部には、やや違和感を覚える尊顔があった。
それも当然だろう。本来のお顔を覆うように仮面が掛けられ、首元まで覆っているのである。まごうことなき覆面像だった。斜めから拝すると、宝冠から針金状のもので仮面がくくりつけられているのが認められる。
後日、覆面を外した面相を写した教育委員会の資料を見る機会があった。驚くべきことに、その(本来の?)面部は、目鼻はあるものの、まったく不完全な彫りだった。
これは何を意味するか。
要するに、本像は覆面をすることを前提としてつくられた像だと思われるのだ。


言い伝えによると、奈良時代の行基の作と伝えるこの千手観音は、霊験がとても強く、参拝者に少しでも非道・邪念があれば重い仏罰を下していたという。それがあまりに厳しかったために参詣者も絶えていたが、貞観2年(860)、遊行中の円仁が立ち寄り行堂面を彫って尊顔を覆ったところ、以後、優しく慈悲深いホトケになったのだという。
ホトケ(観音)が仏罰を下すとはどういうことか。
「和光同塵」という言葉がある。
「仏・菩薩が智慧や功徳の光を和らげ(隠し)、塵に汚れたこの世に応じて仮の身をあらわす」ことをいい、本来はホトケだが、塵まみれの俗世に応じ、神としてあらわれることを表現した言葉だ。「和光」とは、ホトケの威光がこの世にはまぶしすぎるため、それを和らげ隠すことを意味している。
これは、〈神の本体(本地)はホトケであり、神はホトケの化現(垂迹)である〉とする神仏習合の考え方を説明するもので、かつて日本人が広く共有していた考え方である。
現代人にはやや馴染みのないロジックだが、上の伝承にいう「霊験」とはすなわち「ホトケの威光」であり、霊験と仏罰(祟り)は表裏一体であるというのが日本人の神仏観である。ざっくりいえば、〈霊験がヤバすぎて、直接晒してしまったらヒドイ目に遭うから、仮面で覆ってマイルドにした〉のだ。こうして、ようやく「優しく慈悲深いホトケになった」というわけである。
実は、鎌倉の古刹、杉本寺の観音菩薩も、かつて「覆面観音」と呼ばれていたらしい。
こちらは、寺の前を馬に乗ったままで通ると必ず落馬すると言い伝えられ、建長寺開山の高僧が観音像を袈裟で覆ったためにその名があるという。この像もまた、行基作と伝わる像であった。
「実は恐ろしい(ヤバい)覆面観音」。そんな共通観念が、かつて東国でシェアされていたのだろう。そのことを今に伝える貴重な観音像なのである。


本田不二雄
ノンフィクションライター、神仏探偵あるいは神木探偵の異名でも知られる。神社や仏像など、日本の神仏世界の魅力を伝える書籍・雑誌の編集制作に携わる。
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